活動報告2026/05/01
ボーダーツーリズム体験エッセイのご紹介
ボーダーツーリズム推進協議会(JBTA)では2024年8月1日から2025年8月31日までボーダーツーリズム体験エッセイ・レポートを募集しておりました。今回は礼文島での滞在の様子がリアルに表現され、その場の景色が目に浮かぶような体験記としてまとめて頂いたY・Sさんの作品をご紹介させていただきます。
タイトルは「自分を見つめる礼文」です。
*********************************
「視界不良のため、着陸出来ない場合は引き返す可能性もございます。
あらかじめご了承ください。」
晴れの羽田から遠くへ向かうのだ、という実感がジワジワと湧いてきた。飛行機は無事稚内に着陸。肌寒い。上着を羽織り、混みあうバスに乗る。強い雨風もあり、立って乗るには体幹が試される。「日々のモヤモヤは一度振り払ってから来なさい。」と飛行機でもバスでも揺さぶられているのか、と妙に腑に落ちる。
フェリーターミナルに到着。まずは遅めの昼食。北海道初の食事は塩味のホタテラーメン。聞こえてくる店員さんの口調が札幌の親戚とどことなく似ていることも相まって「ああ、今北海道にいるんだ。」と実感。
いよいよ乗船。思い切って1等和室にして良かった。横になり快適に眠る。目を覚ますと陸が見え、フェリーが荒波にバウンドしているところだった。
「ここでも揺さぶられている。」そんなことを思っていると、無事に香深港に到着。白く霧がかっていたこともあり、あまり「島に来た!」という感じはしない。宿の方の「ギリギリ欠航にならずラッキーでしたね。」の言葉で、今日ここまで来られたことの喜びと安堵を噛みしめる。
一息つき、夜ご飯探しへ。
以前礼文島を訪れた先輩から聞いた、炉端焼きのお店を発見。満員のため店外で港を眺めながら待つ。海鳥が鳴いている。
入店。ちゃんちゃん焼き定食とビールを注文。焼き方を教わり、味噌とネギと一緒にほぐして食べるホッケは柔らかく、ご飯とビールが進む。
「昨日のこの時間はまだ職場にいたな。」と思いながら味わう。「あとは寝るだけだ。」と良い気分で宿に戻る。明日はこの旅のメインイベント、朝から礼文岳に登る。
行動食は持ってきていたが「もう少し買い足した方が良いかな。」という心配性と、「せっかくなら現地調達したい。」という好奇心がムクムクと湧いてきた。調べてみると島唯一のコンビニがあるという。徒歩で30分弱、時刻は夏の19時台。行ってみることに。
宿を出て数分、街灯も人も少ない夜道は想像以上に暗いことに気づく。
反射材とスマートフォンの照明を身に着けているとはいえ、
「これは波音なのか背後から来る車の音なのか。」
「思わぬところに溝があって落ちたら危ないぞ。」
と神経を研ぎ澄ませて歩くのは緊張感がある。ドキドキしながら黙々と歩き続けること数分。前方に煌々と輝く「セイコーマート」の看板。灯りが見える安心感。心の底からお店の存在に感謝。買い物中も客は途切れない。明日の飲み物と軽食を無事購入。道は把握できたので、少し勇敢な気持ちで宿に戻る。行きに通り過ぎた信号。「島の子が島外に出た時のために設置している、と何かで読んだな。」と思える程度には余裕を取り戻したのも束の間、急に強風と雨が降ってきた。折り畳み傘は意味をなさなかったが、「まだモヤモヤを振り払いきれていなかったか。」と納得して宿まで駆け抜ける。風呂を済ませ服を乾かし、就寝。
翌日は5時前に起床。
朝日を見て「礼文島に来ているんだった。」と実感。宿で用意いただいたホッケのお弁当を食べ、バスに乗り込む。昨晩歩いた道も、明るい時間だと別の道のように穏やか。登山服の乗客は他にもいたが、礼文岳登山口の最寄「内路」バス停で降りたのは私一人。登山口にはお手洗いや駐輪・駐車スペースが整備されている。自転車も車も一台もない、始発のバスをここで降りたのは私だけ。ということは私が今日の礼文岳一番乗りである。
登山を始めて6年程経つが、一番乗りという事実も、交通手段や登山口が限られているが故に一番乗りを自覚できるという状況も初めて。
「礼文島には現在熊はいない。」ということを事前に調べていなかったら、登るのを躊躇していただろう。
7時 登山開始。まだ新しい蜘蛛の巣を「ごめんね、お邪魔します。」と心で唱えつつ、いくつもかき分けながら登り始める。昨晩の雨で地面はドロドロ。静かでしっとりとした草木の間を慎重に進んでいく。黙々と登る中で考えていたことがある。
「人の生活圏から少し登って急に山の洗礼を受ける感じ、鎌倉アルプスを思い出すな。」
「ハイマツ帯を抜けて山頂までの道のりが一本道で見える感じ、静岡の達磨山と似ている。」
「冷涼な空気と一面の緑、山形の月山もそうだったな。」
自分を見つめ直したくて礼文島までやって来たにも関わらず、気づけばこれまでの思い出とリンクする。様々な景色を自分の足で見てきたことを実感し、少しだけ自信が持てた。
森林帯を抜けると一面霧で真っ白。人生で初めて、孤独で足が震えた。
無理なら引き返そう、一歩ずつ慎重に、と言い聞かせながら歩を進める。尾根で一瞬、霧が晴れ嬉しくなる。
8時50分 標高490m、礼文岳登頂。山頂はあいにく真っ白。風が冷たい。お菓子を食べて靴紐を結び直し、下山開始。20分程すると、霧が吹き抜けて青空が見えてきた。向こうには海も光っている。登頂できた自信と、視界が開けてきた喜びで一気に元気が出る。黄色、ピンク、黒、白。色とりどりの野の花を見ながら歩く。夏の終わり、種類は少なくともここは花の浮島。ハイマツ帯を抜けきって足元を見ると、笑ってしまうほどドロドロだった。開き直ってグングン進む。登ってきた登山客数名とすれ違い、安心する。
10時30分 無事下山。バスで港に戻ると、ピザの移動販売が来ていた。誘惑を振り払い宿に戻り、泥だらけの服と靴と自分を洗う。
一休みして午後からは島北部を巡る。旅程を組む際、岬も行きたいけれど運転は苦手だし…と頭を抱えていたところ見つけたバスツアー。ありがたい。港に到着したフェリーからまっすぐバスに乗り込む方が多い中、自分は先ほどまで山の中にいたんだよな、と思うと不思議な気持ちになる。
まずは澄海岬へ到着。ガイドさんによる花々の説明を受けながら登っていく。草花の緑色、海の濃い青色、空の薄い水色。色鮮やかな景色に思わず深呼吸。再びバスに乗り込み、最北限スコトン岬へ。ずっと広がる海と空。日頃感じることのないスケール。昆布ソフトを食べ、お土産にレブンアツモリソウをモチーフにしたマグネットを購入。バスで香深港に戻る。
解散後、港から利尻島を眺めながら、昼に購入した饅頭を食べる。午前中は雲に隠れていた利尻富士がくっきり。富士と呼びたくなるのも納得の山容。
早めの夜ご飯はウニイクラ丼。贅沢で心が躍る。食後は温泉へ。ドロドロになって山に登り自然の雄大さを感じ、バスで楽々絶景に出会え、海鮮も食べて、大きいお風呂に入って。「疲れる」、「心細い」、「キレイ」、「美味しい」…素朴な感情が次々と湧き上がり、日頃のモヤモヤは自然と脳内から押し出される。こんなにのんびりしても19時前。
「明日は8時55分香深発のフェリーなので桃岩は残念ですがまた今度ですね…。」
「いや早起きすれば桃岩までなら行けますよ!朝のお弁当の時間早めましょうか?」
宿の方の情報とお心遣いのおかげで、最終日もギリギリまで満喫できることになった。嬉しい。
礼文島最終日。5時前に起床し、荷造りとお弁当を済ませる。今日もホッケが美味しい。6時過ぎ。坂を登り住宅街を抜けると、アニメに出てきそうな木々に囲まれた小道が現れる。20分程歩くと急に草原が広がった。先ほどまで海沿いの宿にいたのに、海がもう眼下になっている。知らぬ間に標高を上げていたようだ。視界全部が草原の色。それが風で全面そよぐ。草の海といったところ。
6時30分 桃岩展望台に到着。昨日の澄海岬やスコトン岬とはまた違った海の色。朝日で白みがかっていて優しい。遠くには利尻島もくっきり。
一人で満喫していたところ、遠くに花の説明をするツアーの皆様がいてホッとした。神社に寄り道して7時30分頃宿へ戻る。いそいそと荷物を整え香深港へ。名残惜しいがフェリーに乗り込む。有名なユースホステルの方々の見送りが聞こえる。10時50分 稚内に無事到着。
行きにはあんなに「遠く」だと感じていた稚内が、礼文島から戻ってくると「ここまで戻ってきた。」と感じる。札幌の親戚や友人に会いに行く今回の復路。飛行機までは少し時間があるので稚内も探索。駅前の商店街にはロシア語表記が並ぶ。フェリーから見えた稚内市北方記念館・開基百年記念塔へ。稚内駅から車では10分、歩いて行ってみたところ結構な坂の連続。道中エゾシカの群れが当たり前のようにいることに驚く。坂の途中には市民の川柳が並んでいる。島に想いを馳せるものも多い。
12時30分 記念塔到着。展望フロアから海の向こうを眺める。礼文島は今日は見えず。記念館を見学。間宮林蔵の記録、樺太・礼文・利尻との関係、アイヌ文化、熊の毛皮で暖をとった寝棺をはじめとした厳冬での暮らしの知恵など、最北ならではの歴史や歩みを感じる。駅へ戻る道中、港を見下ろすとフェリーが着岸するところだった。今日も誰かが様々な想いを胸に、礼文や利尻から稚内にやって来た。稚内駅で最北端の線路を見る。学生時代に鹿児島の西大山駅に行ってから10数年、最南端と最北端に立てた。バスで稚内空港へ。稚内から新千歳へは少し小さな飛行機。広大な北の大地を眺めながらあっという間に到着。駅ビルにて「今朝は桃岩展望台にいたんだよな。」と振り返りつつ、ヒレカツとグラスビールを嗜む。
夜も明るく賑わう札幌の街で、また礼文島に行く自分の姿を自然と思い浮かべた。

